「また言ってしまった」「私がちゃんとしていれば」。
一日の終わりに、そんな言葉が頭の中をまわることはないでしょうか。
自己肯定感が低い、という言い方はずいぶん広まりました。ただ、その中身は人によってかなり違います。いつからそう感じているのか。どんな場面で自分を責めてしまうのか。そのとき頭に浮かんでいる言葉は、何なのか。全国の30〜60代の女性300人に、そのあたりを具体的にうかがいました。
この記事について
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この記事は、調査をもとに、
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その感覚は、いつから始まっているのか
「自己肯定感が低い」と感じるようになった時期をうかがいました。
Q. 自己肯定感が低いと感じるようになったのは、いつ頃からですか。(n=300/単一回答)
最も多かったのは「就職・社会人になってから」で36.0%。ただ、ここで目を引くのは次の数字です。「子どもの頃から」28.3%と「学生時代から」18.3%を合わせると、46.6%。半数近くの方が、働き始めるより前から、その感覚を持っていたことになります。
いま職場や家庭で感じている苦しさが、いまの環境だけから生まれたとはかぎらない、ということかもしれません。ずっと前に誰かから受け取った言葉が、そのまま残っていることもあります。目には見えませんが、確かに効いている。そういうものを、わたしたちは長く持ち歩いていることがあります。
責める気持ちが強くなるのは「比べたとき」と「断れなかったとき」
自分を責める気持ちが最も強くなる場面をうかがいました。
Q. 自分を責める気持ちが最も強くなるのは、どんな場面ですか。(n=300/単一回答)
1位は「誰かと自分を比べてしまったとき」23.7%。そして2位に「頼まれごとを断れなかった/断ったあと」21.3%が入りました。
この2位は、少し意外に映るかもしれません。「仕事でミスをしたとき」13.0%よりも高いのです。しかもこの選択肢には、断れなかった場合だけでなく、断った場合も含まれています。引き受けても、断っても、あとから自分を責めてしまう。そういう方が、5人に1人いらっしゃる。
1位の「比べてしまったとき」も、あわせて考えてみると見え方が変わります。比べる相手がいるということは、その人の様子がよく見えているということでもあります。人の表情や機嫌によく気づく方ほど、比べる材料も多く目に入ってしまう。気づく力があることと、それで消耗してしまうことは、たぶん同じところから来ています。
ここには、相手との適切な距離感(バウンダリー)が関わっているのかもしれません。自分の側の線がどこにあるのかがはっきりしないと、引き受けるか断るかという判断そのものが、毎回つらい作業になってしまいます。
頭に浮かぶのは「どうせ私なんて」ではなかった
自分を責めるとき、頭の中に浮かぶ言葉に近いものをうかがいました(複数回答)。
Q. 自分を責めるとき、頭の中に浮かぶ言葉に近いものをすべてお選びください。(n=297/複数回答)
上位2つは「私がちゃんとしていれば」50.2%、「まわりに迷惑をかけている」47.8%。一方で、よく引き合いに出される「どうせ私なんて」は3.4%にとどまりました。
実際に頭の中で鳴っている言葉は、投げやりなものではなく、もっと具体的で、もっと真面目なものでした。「ちゃんとしていれば」も「迷惑をかけている」も、責任を自分の側に引き受けようとする言葉です。つまり、いい加減だから自分を責めるのではありません。むしろ逆なのだと思います。
そして3つ目、「言葉というより、ただ気分が沈む」が44.8%あることも見落とせません。言葉にならないまま沈んでいく。この状態は、自分でも何が起きているのかを掴みにくいものです。
半数以上が学んでいる。それでも、という現実
自己肯定感を高めるために試したことをうかがいました(複数回答)。
Q. 自己肯定感を高めるために試したことをすべてお選びください。(n=300/複数回答)
最も多いのは「本や動画で学んだ」56.7%です。半数以上の方が、すでに学んでいらっしゃる。それでも、いま「自己肯定感が低い」と感じている。この調査で、いちばん考えさせられたところでした。
知識が足りないのではないのだと思います。自分を責めても仕方がないことも、比べたところで何も変わらないことも、たいてい分かっている。分かっているのに、夜になるとまた同じ言葉が浮かぶ。
もうひとつ、「自分を褒める言葉を意識して口にした」が0.7%でした。ほとんど選ばれていません。すすめられることの多い方法ですが、実際にはあまり続いていないようです。
言い換えではなく、自分の声を自分で聞くこと
ここからは、調査結果に対するWORTEからの見方です。
頭の中をまわる言葉は、たいてい声になっていません。音にならないまま、同じところを何周もします。「どうせ私なんて」を「私はできる」に言い換えましょう、という方法もありますが、それが続きにくいことは、先ほどの0.7%が示しているとおりです。唱えるだけで現実が変わるということは、残念ながらありません。
WORTEでお伝えしているのは、言い換えではなく、ことばを一度、声に出して扱ってみるという方法です。自分の口から出た音を、自分の耳で聞く。すると、頭の中で思っていたのとは違う響きをしていることがあります。ことばはもともと、声に出されるものでした。
頭で理解することと、体を通して分かることは、別のものです。本を読んで納得しても、次の日の朝には元に戻っている。その繰り返しに心当たりがあるとすれば、足りないのは知識ではなく、声や体を使う時間のほうかもしれません。
今回の調査では、その感覚が働き始めるより前から続いている方が半数近くいらっしゃいました。であれば、それはいまのあなたの性格の問題ではなく、もっと前に受け取った言葉が、まだそこに残っているということなのかもしれません。責める相手を、自分にする必要はないのだと思います。
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