言葉そのものへ7|大事なことを、大事に。

いいことを言う選手権、

なさってませんか?

それよりも

大事な事を

大事に。

そんな風に生きていきましょう。

今日はそんな話をします。

それでね、

そうなると、どうしても

身近な人の話になるんです。

いま、一人で生きている方にも、

必ず、人生のどこかで

近しい方がいるはずです。

なので、

今、一人の方も

ぜひ、最後まで読んでくださいね。


私が一人、ドイツへ行こうとしたとき、

正直、親には反対されました。

今になると、

ちょっとわかります。

ちょっと、ですけど、

あの当時は、インターネットもなかったし、

クレジットカードも

普及してなかったです。

外国に18歳にあと1ヶ月っていう娘が

行きたいっていったら、

え、なんで?

この世の果てに行くの!?

って感じだったんでしょう。


私個人は、子どもが外国行きたいっていったら、

「よっしゃー!」

と喜んでしまいますが、

私は10年、ヨーロッパにいたので、

そう思うんだと思います。

普通は無理ですよね。

母は、反対していましたが、

アルバイトして、

飛行機代ためで、

ビザをとって、

そんな娘を止めるすべはありませんでした。

ある晩、ちょっとおいで、と

台所に呼ばれました。

作ってくれたのは

小麦粉を水にといて、

油をひいたフライパンで

焼いて、

お醤油をかけて

食べる。

「日本が恋しくなったら、

これを作って食べればいいよ」

そう言いながら、

小麦粉を水で溶いたものを

フライパンで焼いていきました。

「お醤油はどこでも売ってると思うし、

小麦粉を食べるところだからね。

落ち込んだりすることも

あると思うし」

母の言葉には

詩らしいところは

ひとつもないです。

でもね、

こういったものが

なくなってしまったら

人類はいなくなってしまうと思います。

これを何と呼ぶのか、

母性愛とか、母の愛とか言って

終わりにしてしまうのは、

もったいないですよね。

あるいは

かっこいい言葉に

まとめることも

そりゃ

できたら、断然カッコイイですけれど(笑)

断然、拒否します!(笑)


ただね、

もしも私がこれからも詩を書いていくとしたら

こういうものが詩なんだと

言える人であり続けたいです。

そして、

みなさんにも、

そのような言葉、

そのような思い出があると思います。


詩ではない言葉だけし

かっこよくないけれど

そこに何があったのか、

振り返れば

これ以上の詩はない。

そんな言葉があるから

私たちは

生きています。


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